どうも、肉食系に追いかけられたQです、こんにちわ。
まあ、肉食っていうか雑食系だと思いますが、また犬に追いかけられましたwまあ今回は、前回を学習して、すぐに「狩猟結界:犬ディメンジョン」から脱出可能な所にいたので、大したことはなかったのですがね。こっちも追いかけられる前に、あ、いるwって気づいてすぐに脱出体制にはいってましたし。
しかし、僕ってそんなに旨そうに見えるんだろうか?どっちかというと不味そうな部類だと思うんだが…
会社の上司から、いやぁモテモテじゃないですか、とか言われたが、せめてモテるんならホモサピエンスの♀にしてほしいんだが、残念ながらそっちの方は誤差ε程度の可能性しかない。
ちなみにこの場合のεってのは打ち上げに成功したロケットの方じゃなくて、
「0を除く、ある任意の実数の絶対値|δ|より必ず小さい実数の絶対値|ε|が定義できる」
的な意味(意訳)でのεになります。
もはや表題とは何の関係もないが、なんかtwitterやらfacebookやらやめて、必要な連絡以外全部しなくなったので、鬱死寸前という扱いになっているらしいwいや、まあいずれ鬱死はする気がするが、別に今そういうわけではない。
ただ、とにかくどーでもいいのである。例えば、仕事が楽しいとか辛いとか、あーしたいとかこーしたいとか色々あるもんなのだと思うのだが、結局はどこでなにが動いているのかわからない歯車の中の一つに過ぎないということだ。多分、その歯車が一つ二つとれても特に影響はないwいや、困る人は居ると思うけど。
結局どうしたいの?というのが、一般的にでる疑問なのだが、これって割と聞いちゃいけない疑問な気がしてて、普通はどうしたいかで物事は決まってなくて、どうしてきたかで物事は決まってると思う。
平たく言うと、「もう終わったでしょw」と諦めてるwいや、今から出世を目的にしたりとか決めることはできないことは無いのだと思うのだけど、その結果はお給料が増えます、でしかない。そりゃ給料は沢山欲しいが・・・あーうんそうね、にしかならない。で、結局何を生み出したんでしたっけ?とか。
尖った人材とか期待されてる(されてた)らしいのだけど、正直もう大体わかってて、期待外れでしたよね~とwあとの人生は土下座と泣き落としと褒め殺しでお願いお願いだけ。いや勿論本当に土下座や泣き落としなんかしたらウザいだけなので文字通りの意味ではないけど。
分かりやすく言えば、いい子でいれば会社が無事である限り飼ってもらうことはできますし、うまくやればそれなりにかわいがってもらうこともできます、ということである。そして多分それって、程度の差はあれど、どこかの会社が特別なんじゃなくて大体そうなんだと思うのだよね。飛び出す勇気と実力があればと思うが、そんなもんも才能もどうやら僕にはなかったみたいだし、今から叩こうにも、そうじゃない部分で忙しすぎてそんな暇はやっぱりないのだ。
従って、もうどーでもいいから、早く引退したいのである。これが、どーでもいいの答えである。どんなキャリアを?どんな人生を?どんなことを?問いは沢山あれど、どの道やることは全部土下座外交といい子ちゃんである以上、何もしたくないが答えになるに決まってるじゃんというw
勿論上記に忙しいと書いてあるように、仕事自体はやってるのだけどね・・・。一応クズはクズなりにいれば何とかなるもんで、役に立ってる面もあるっぽいけど。
2013年9月3日火曜日
人生の短さについて
どうも、Qです。
最近、仕事でとある案件を抱えて大きく変、すなわちBig strangeだったのだが、いや別に僕は決してstrangeではないが、とにかくヤマは越えたのである。
そんななか、人生って短いな、と感じて、人生って短いですね、と言ったら、随分哲学的なことを悩んでるね、と言われたのだ。はて、そんなに哲学的な事なのだろうか?
まず人生を100年と仮定する。
但し人生100年と言っても、決して100年そのまま生きていけるわけではない。
例えば、子供の時は、大人のような体力・経済力・知識・人脈その他諸々がないだろう。そもそも学校やらなんやらで、子供って暇なようで実はそうでもない。ていうか、暇なのではなく、時間の使い方を知らないのである。勿論僕のように、こんな時間にこんなクソブログを書いている、僕のような大人になっても時間を有効利用できないのもいるが。
話がそれた。
次に老化。少なくとも今の段階で老化を止めることは不可能だ。仮に18-25歳位を体力的全盛期とすればどうだろう?
なんて考えてみると、実は人生で「そこそこ思うようにできる期間」、って多分18-45歳位なのかな、なんて思ってたりする。そこで、このそこそこ期間を仮に「実人生1年」、とする。
次に、0~18歳を、0歳を実人生0年として、18歳で1年になるように毎年比例して増えていく、と仮定すると(脳の学習具合を考えるとかなり無茶な仮定だとは思うが…)
0-18歳は実人生9年分である。
同様の考え方を今度45歳(実人生1年)から100歳(実人生0年)として考えてみる。すると約28年。
さて、上記を全部足すと、人生でそこそこ思うようにできる期間=実人生は、実は60年位しかない。人生100年とした内の40年はどこへ行った!
つまりである。無茶苦茶な暴論だが、人生100年と言っても、そこそこ思うようにできる人生の長さは実質60年位なのである。
これ、どう感じるか、だが、18-45歳の期間で、3年掛かること、は人生では20回しかできないってことになる。5年掛かることは12回だ。勿論、スポーツ選手みたいに、人生の前半と、後半で 同じことがそもそもできるわけない場合とかあるし、一度達成したことはノウハウが溜まるからもっと早くできるようになると言える。
まあそういう例だと分かりにくいので、1チャレンジ3年としよう。僕のプラネなんかはまさにそうだった。0からおっぱじめて丁度3年で本来の目標に達した。 そういう意味でいうと、あのプラネレベルの挑戦は僕の人生で20回しかできない。実際には作り始めたのが21歳くらいだから、すでに実人生11年なくなってるわけで、今の年齢考えるともう40年位しかないんだよね。すると、残り13回だ。
僕は無縁だろうが、更に多くの人は普通に生きていけば様々なしがらみの中で生きていくことになる。18-45歳、即ち実人生でもっとも重みが大きい期間を、よくわからんことで消耗してしまう・・・
なーーんて考えてたのだ。そんなに哲学的な話ではない。
ただ、よく考えなきゃいけないのは、人生の中でチャレンジできる回数はそんなに多くないし、タイムリミットも意外と早いんじゃないかな、ということ。あと、さっさとチャレンジして、さっさと失敗した人のほうが、残りのチャレンジ回数が多い上に経験が増えるから、色々と有利かなーとか思ってたり。
そして上に書いときながらなんだが、残念ながら失敗から学ぶ~とかって割とだめかもねw良く失敗が云々~みたいな美談があるけど、あの辺の人達の失敗は何となく質が違う気がしてる。まああれだ、愚者は経験に学ぶ、賢者は歴史に学ぶってやつなのかもね。
とわいえ、僕はこれは言いすぎwだと思っていて、せめて愚者は経験にすら学ばない、普通の人は経験に学ぶ、賢者は歴史に学ぶ、位にすべきだと思うw
色々書き散らしてしまった。しかし、昔は、プラネ作って認められたい、位の最低でも承認欲求はあったんだが、最近それすらなくなった。なんか色々どうでもいい。すごい忙しいとは思うけど、忙しいと感じる何かがなくなったんだよなぁ。そして今日も帰宅後一人、部屋にこもる。
なんかこう、満たされないっていうアレ?あれすらないw 楽しいってなんだっけ?とかね。いや、今日もランニングしたし、ちょこちょこいろんな作業は進めてる。が・・・最近、自分の理想は、失踪して誰も知らないところでこっそりスローライフなんだってことに気付いてしまったw
まあ多分、それでいいんだろう。早く、人生から降りたい。別に死にたいという意味ではないがw
最近、仕事でとある案件を抱えて大きく変、すなわちBig strangeだったのだが、いや別に僕は決してstrangeではないが、とにかくヤマは越えたのである。
そんななか、人生って短いな、と感じて、人生って短いですね、と言ったら、随分哲学的なことを悩んでるね、と言われたのだ。はて、そんなに哲学的な事なのだろうか?
まず人生を100年と仮定する。
但し人生100年と言っても、決して100年そのまま生きていけるわけではない。
例えば、子供の時は、大人のような体力・経済力・知識・人脈その他諸々がないだろう。そもそも学校やらなんやらで、子供って暇なようで実はそうでもない。ていうか、暇なのではなく、時間の使い方を知らないのである。勿論僕のように、こんな時間にこんなクソブログを書いている、僕のような大人になっても時間を有効利用できないのもいるが。
話がそれた。
次に老化。少なくとも今の段階で老化を止めることは不可能だ。仮に18-25歳位を体力的全盛期とすればどうだろう?
なんて考えてみると、実は人生で「そこそこ思うようにできる期間」、って多分18-45歳位なのかな、なんて思ってたりする。そこで、このそこそこ期間を仮に「実人生1年」、とする。
次に、0~18歳を、0歳を実人生0年として、18歳で1年になるように毎年比例して増えていく、と仮定すると(脳の学習具合を考えるとかなり無茶な仮定だとは思うが…)
0-18歳は実人生9年分である。
同様の考え方を今度45歳(実人生1年)から100歳(実人生0年)として考えてみる。すると約28年。
さて、上記を全部足すと、人生でそこそこ思うようにできる期間=実人生は、実は60年位しかない。人生100年とした内の40年はどこへ行った!
つまりである。無茶苦茶な暴論だが、人生100年と言っても、そこそこ思うようにできる人生の長さは実質60年位なのである。
これ、どう感じるか、だが、18-45歳の期間で、3年掛かること、は人生では20回しかできないってことになる。5年掛かることは12回だ。勿論、スポーツ選手みたいに、人生の前半と、後半で 同じことがそもそもできるわけない場合とかあるし、一度達成したことはノウハウが溜まるからもっと早くできるようになると言える。
まあそういう例だと分かりにくいので、1チャレンジ3年としよう。僕のプラネなんかはまさにそうだった。0からおっぱじめて丁度3年で本来の目標に達した。 そういう意味でいうと、あのプラネレベルの挑戦は僕の人生で20回しかできない。実際には作り始めたのが21歳くらいだから、すでに実人生11年なくなってるわけで、今の年齢考えるともう40年位しかないんだよね。すると、残り13回だ。
僕は無縁だろうが、更に多くの人は普通に生きていけば様々なしがらみの中で生きていくことになる。18-45歳、即ち実人生でもっとも重みが大きい期間を、よくわからんことで消耗してしまう・・・
なーーんて考えてたのだ。そんなに哲学的な話ではない。
ただ、よく考えなきゃいけないのは、人生の中でチャレンジできる回数はそんなに多くないし、タイムリミットも意外と早いんじゃないかな、ということ。あと、さっさとチャレンジして、さっさと失敗した人のほうが、残りのチャレンジ回数が多い上に経験が増えるから、色々と有利かなーとか思ってたり。
そして上に書いときながらなんだが、残念ながら失敗から学ぶ~とかって割とだめかもねw良く失敗が云々~みたいな美談があるけど、あの辺の人達の失敗は何となく質が違う気がしてる。まああれだ、愚者は経験に学ぶ、賢者は歴史に学ぶってやつなのかもね。
とわいえ、僕はこれは言いすぎwだと思っていて、せめて愚者は経験にすら学ばない、普通の人は経験に学ぶ、賢者は歴史に学ぶ、位にすべきだと思うw
色々書き散らしてしまった。しかし、昔は、プラネ作って認められたい、位の最低でも承認欲求はあったんだが、最近それすらなくなった。なんか色々どうでもいい。すごい忙しいとは思うけど、忙しいと感じる何かがなくなったんだよなぁ。そして今日も帰宅後一人、部屋にこもる。
なんかこう、満たされないっていうアレ?あれすらないw 楽しいってなんだっけ?とかね。いや、今日もランニングしたし、ちょこちょこいろんな作業は進めてる。が・・・最近、自分の理想は、失踪して誰も知らないところでこっそりスローライフなんだってことに気付いてしまったw
まあ多分、それでいいんだろう。早く、人生から降りたい。別に死にたいという意味ではないがw
2013年8月17日土曜日
野犬に襲われたの巻
どうも、Qです。
諸々やっつけて、明け方位にランニングしてたら、野犬に襲われた。何とか逃げ切ることができたので、噛み付かれたり怪我とかはしてないが…
てか、マジヤバかった。冗談抜きで動物愛護とか言ってる場合じゃない。いきなり4匹の得体のしれない野犬に囲まれ吠えられたら結構焦る。後から調べたら、かなり前からずっと問題になってて、噛み付かれたり病院沙汰になってる人もいるじゃない・・・
多分アドレナリンが出てたんだと思うんだが、結構状況は覚えてる。
まず、いつものランニングコースを半分程走ったところで、草むらから一匹謎の野犬が吠えながら走ってきた。決して大型犬の部類ではないので、一匹だけだったらこっちから威嚇するなり無視するなりどうとでもなりそうなんだが、すぐに2匹、3匹と増えた。
最終的に4匹。大体こういう感じになる。
野犬⇒ 野犬⇒
野犬⇒ 野犬⇒
僕⇒
----------------------
川
ちょwwww普通に追い詰められてるw明らかに群れで襲い掛かる為の統制されたやり方だった。なんかやたらに攻撃的だし、そもそも持久力や敏捷性で勝てる相手じゃないので、「攻撃が始まる前に野犬が追いかけるのを躊躇する場所へ逃げる」という判断した。大体の状況は、
--------------
道路
--------------
土手
--------------
|
100m位?
|
-------------フェンス
現場
---------------
川
って感じだったので、車が走る道路に逃げれば確実に追ってこないと思った。問題は100m逃げ切れるか、だ。
野犬が群れで襲い掛かるのは、一対一では決して勝率が高くないから、だと思う。実際、一匹に照準を絞って攻撃をするふりをしたり怒鳴ると、ビビッて距離を取ろうとすることに気が付いた。
というわけで逃げきるための手順は、100m走りながら攻撃圏内入った野犬を威嚇する、距離を稼いで再び走る、というものだった。
まず走ってる方向を一気に転換して、フェンスを飛び越えた(対して高くなかったのが救い)。野犬にとっては障壁だったみたいで、ここで少し距離を稼げた。あと、気が付いたら一匹は少し離れた場所に位置するようになった。
で、逃げ続けてたとき、焦りながらも、おお、と感心してたのは、「必ず囲む」ということ。
だいたいこんな感じ。
進行方向↑
←回り込む
野犬
↑並走
野犬 僕
↑追走
野犬
野犬
おいおい、これはじゃれたりとかじゃないよ、完全にハンティングだよ!!
ともかく逃げるw
で、一つわかった。人間が「その時出せる限界の速度で走れる距離は100-200m程度」。多分筋肉内に蓄えられてるエネルギー源の容量のせいなのだが、よくパニック映画とかで逃げてる最中に転ぶのがあるが、あれホントw
映画で見てるとなんでwと思うが、明らかに筋肉が付いていけないタイミングが来る(なんとなく脱力した感じになる)。で、案の定転んだw
草むらだったのと、上記の威嚇の方法で距離を稼げるのは分かっていた、あと土手まで数m位だったので威嚇しながら何とか逃げ切った。
道路まで降りたら、一匹が雄たけびを上げて諦めたようだ。まあそりゃそうだ、乗用車に轢かれるリスク負ってまで人間一人を追っかけるような真似はしないだろう。
というわけでなんとか無事逃げ切れたわけだが、えらく疲れた。完全にランニング分の体力使い果たしたので歩いて帰った。
まあ犬には特に興味がないので単に迷惑な話ではあるのだが、その一方で狂犬病対策等の関係で、野犬が一度根絶に近い状況になった日本で、こんなのがいるってのはおかしな話なんだよね。どう考えたって、何らかの都合で野犬化した、ってのが正しいと思う。
実際噛まれればなんかの病気にかかる可能性は普通の家畜以上にあるわけだし、ほっといたらまずいでしょと感じる一方で、人間の勝手な都合も多々あるんだよなぁと。駆除すりゃいいとも思えん、というか、多分本質的な解決になってない。
まあ、僕は政治家でもなければ動物愛護団体でもないので、自分も野犬もやばくならない方法で、護身の方法を考えるしかないのだけど。
諸々やっつけて、明け方位にランニングしてたら、野犬に襲われた。何とか逃げ切ることができたので、噛み付かれたり怪我とかはしてないが…
てか、マジヤバかった。冗談抜きで動物愛護とか言ってる場合じゃない。いきなり4匹の得体のしれない野犬に囲まれ吠えられたら結構焦る。後から調べたら、かなり前からずっと問題になってて、噛み付かれたり病院沙汰になってる人もいるじゃない・・・
多分アドレナリンが出てたんだと思うんだが、結構状況は覚えてる。
まず、いつものランニングコースを半分程走ったところで、草むらから一匹謎の野犬が吠えながら走ってきた。決して大型犬の部類ではないので、一匹だけだったらこっちから威嚇するなり無視するなりどうとでもなりそうなんだが、すぐに2匹、3匹と増えた。
最終的に4匹。大体こういう感じになる。
野犬⇒ 野犬⇒
野犬⇒ 野犬⇒
僕⇒
----------------------
川
ちょwwww普通に追い詰められてるw明らかに群れで襲い掛かる為の統制されたやり方だった。なんかやたらに攻撃的だし、そもそも持久力や敏捷性で勝てる相手じゃないので、「攻撃が始まる前に野犬が追いかけるのを躊躇する場所へ逃げる」という判断した。大体の状況は、
--------------
道路
--------------
土手
--------------
|
100m位?
|
-------------フェンス
現場
---------------
川
って感じだったので、車が走る道路に逃げれば確実に追ってこないと思った。問題は100m逃げ切れるか、だ。
野犬が群れで襲い掛かるのは、一対一では決して勝率が高くないから、だと思う。実際、一匹に照準を絞って攻撃をするふりをしたり怒鳴ると、ビビッて距離を取ろうとすることに気が付いた。
というわけで逃げきるための手順は、100m走りながら攻撃圏内入った野犬を威嚇する、距離を稼いで再び走る、というものだった。
まず走ってる方向を一気に転換して、フェンスを飛び越えた(対して高くなかったのが救い)。野犬にとっては障壁だったみたいで、ここで少し距離を稼げた。あと、気が付いたら一匹は少し離れた場所に位置するようになった。
で、逃げ続けてたとき、焦りながらも、おお、と感心してたのは、「必ず囲む」ということ。
だいたいこんな感じ。
進行方向↑
←回り込む
野犬
↑並走
野犬 僕
↑追走
野犬
野犬
おいおい、これはじゃれたりとかじゃないよ、完全にハンティングだよ!!
ともかく逃げるw
で、一つわかった。人間が「その時出せる限界の速度で走れる距離は100-200m程度」。多分筋肉内に蓄えられてるエネルギー源の容量のせいなのだが、よくパニック映画とかで逃げてる最中に転ぶのがあるが、あれホントw
映画で見てるとなんでwと思うが、明らかに筋肉が付いていけないタイミングが来る(なんとなく脱力した感じになる)。で、案の定転んだw
草むらだったのと、上記の威嚇の方法で距離を稼げるのは分かっていた、あと土手まで数m位だったので威嚇しながら何とか逃げ切った。
道路まで降りたら、一匹が雄たけびを上げて諦めたようだ。まあそりゃそうだ、乗用車に轢かれるリスク負ってまで人間一人を追っかけるような真似はしないだろう。
というわけでなんとか無事逃げ切れたわけだが、えらく疲れた。完全にランニング分の体力使い果たしたので歩いて帰った。
まあ犬には特に興味がないので単に迷惑な話ではあるのだが、その一方で狂犬病対策等の関係で、野犬が一度根絶に近い状況になった日本で、こんなのがいるってのはおかしな話なんだよね。どう考えたって、何らかの都合で野犬化した、ってのが正しいと思う。
実際噛まれればなんかの病気にかかる可能性は普通の家畜以上にあるわけだし、ほっといたらまずいでしょと感じる一方で、人間の勝手な都合も多々あるんだよなぁと。駆除すりゃいいとも思えん、というか、多分本質的な解決になってない。
まあ、僕は政治家でもなければ動物愛護団体でもないので、自分も野犬もやばくならない方法で、護身の方法を考えるしかないのだけど。
2013年8月16日金曜日
R8C/M11A(M12A)でシリアル
どうもQです。
趣味ラボSCLで、友人と一緒にとあるプロジェクトをやっているのですが、自分の担当?でR8C/M11A、もしくは R8C/M12Aでシリアル通信するプログラムを書いておりました。
みんな大好き秋月のR8Cマイコン
http://akizukidenshi.com/catalog/g/gI-04524
http://akizukidenshi.com/catalog/g/gI-04525
安いし機能も少ないマイコンだから簡単だろヒャッハーwwwとか思ってたらハマったハマった…。で、ネットで色々検索かけてもあんまり情報が出てこないので、折角なんでメモ代わりに書いときます。
①書込み回路
ハードウェアマニュアルの付録に書いてある書込み回路ですが、回路図上のTXD0、RXD0は「マイコン側の」ピンを表しています。つまりPCにとっては逆。
②書込みソフト
R8CメーカのルネサスからFDTという書込みツールが出てますが、M11A,M12Aともになんかうまく認識してくれません。接続はできるんだけど、なぜかその後止まります…。一回なんかうまくいったと思ったら、ベリファイに失敗ししかも変なID書いたみたいで書込みすらできなくなりました…
同じくルネサスから出ているFlashStarterというソフトだと大丈夫です。
③機能モジュールの電力設定
最大のハマり点。これ、ハードウェアマニュアルかなんかでもっと大きく注意書きすべきだと思うのですが、まっさらなICを買うと、出荷時点で内部のフラッシュメモリにあるレジスタ、OFS2が0xFFになっています。フラッシュなので、一度意図的にプログラムでこいつを0x00に書き換えてあげないと、いつまでも0xFFのままになります。
これ自体は対処する必要はないのですが、上記の通りになっているとマイコン起動後にモジュールスタンバイ制御用のレジスタMSTCRが0xFFになります。この場合、シリアルやタイマ用の内部モジュールが全てスタンバイ状態になってしまい、各モジュール関連レジスタへの書込みが一切受け付けられません。結果、LEDチカチカみたいなのは動くけど、その他機能が何故か動かないということに。
対処法は、このMSTCRは普通に書き込めるレジスタなので、各機能の初期化の前に関連するビットを0にしてきましょう。いつまでもシリアル送信、受信ができず、ちょーーーハマりました…
多分巷に出回ってるM11A,M12A関係のマイコン情報は、上記OFS2が最初から0xFFじゃないんじゃないかなと思います(それらしいことはハードウェアマニュアルに書いてありました)。他サイトで公開されてるプログラムが何故か動いてるのはそういうことなんでないかと。
④割り込みレベル
各機能の割り込みには優先レベルがあります。初期状態では全ての機能の割り込み優先レベルが0になってて、割り込み禁止状態なので1とか2にしてあげましょう。忘れると、割り込み条件が満たしても、いつまでも割り込みが発生しません。
まあともかくこれで必要なことはできるようになりますた・・・マジでちかれた。
間違いとか、これでもいけるよーとかあったらおしえてくだちい。
趣味ラボSCLで、友人と一緒にとあるプロジェクトをやっているのですが、自分の担当?でR8C/M11A、もしくは R8C/M12Aでシリアル通信するプログラムを書いておりました。
みんな大好き秋月のR8Cマイコン
http://akizukidenshi.com/catalog/g/gI-04524
http://akizukidenshi.com/catalog/g/gI-04525
安いし機能も少ないマイコンだから簡単だろヒャッハーwwwとか思ってたらハマったハマった…。で、ネットで色々検索かけてもあんまり情報が出てこないので、折角なんでメモ代わりに書いときます。
①書込み回路
ハードウェアマニュアルの付録に書いてある書込み回路ですが、回路図上のTXD0、RXD0は「マイコン側の」ピンを表しています。つまりPCにとっては逆。
②書込みソフト
R8CメーカのルネサスからFDTという書込みツールが出てますが、M11A,M12Aともになんかうまく認識してくれません。接続はできるんだけど、なぜかその後止まります…。一回なんかうまくいったと思ったら、ベリファイに失敗ししかも変なID書いたみたいで書込みすらできなくなりました…
同じくルネサスから出ているFlashStarterというソフトだと大丈夫です。
③機能モジュールの電力設定
最大のハマり点。これ、ハードウェアマニュアルかなんかでもっと大きく注意書きすべきだと思うのですが、まっさらなICを買うと、出荷時点で内部のフラッシュメモリにあるレジスタ、OFS2が0xFFになっています。フラッシュなので、一度意図的にプログラムでこいつを0x00に書き換えてあげないと、いつまでも0xFFのままになります。
これ自体は対処する必要はないのですが、上記の通りになっているとマイコン起動後にモジュールスタンバイ制御用のレジスタMSTCRが0xFFになります。この場合、シリアルやタイマ用の内部モジュールが全てスタンバイ状態になってしまい、各モジュール関連レジスタへの書込みが一切受け付けられません。結果、LEDチカチカみたいなのは動くけど、その他機能が何故か動かないということに。
対処法は、このMSTCRは普通に書き込めるレジスタなので、各機能の初期化の前に関連するビットを0にしてきましょう。いつまでもシリアル送信、受信ができず、ちょーーーハマりました…
多分巷に出回ってるM11A,M12A関係のマイコン情報は、上記OFS2が最初から0xFFじゃないんじゃないかなと思います(それらしいことはハードウェアマニュアルに書いてありました)。他サイトで公開されてるプログラムが何故か動いてるのはそういうことなんでないかと。
④割り込みレベル
各機能の割り込みには優先レベルがあります。初期状態では全ての機能の割り込み優先レベルが0になってて、割り込み禁止状態なので1とか2にしてあげましょう。忘れると、割り込み条件が満たしても、いつまでも割り込みが発生しません。
まあともかくこれで必要なことはできるようになりますた・・・マジでちかれた。
間違いとか、これでもいけるよーとかあったらおしえてくだちい。
2013年7月26日金曜日
富士山登ってきた
どうも、Qです。
タイトル通り、先日富士山行ってきました。世界遺産登録されてからいくなんて、なんてミーハーなやろーだ、と思われるかもしれませんが、もっと前から計画はしてたんですよwたまたま重なっただけです。
今回、会社の知人と一緒に行ったのですが、僕も相手も登ったことがないということで、じゃあ行こう!的なノリで登ることになりました。とはいえ、相手は剣岳に上ったことがあるような猛者ですし、自分も4泊5日で縦走登山とかやったことがある、という前提ではありますけどね。やっぱり3000m超える山なんで空気薄いですし、ずーーーーと登りっぱなしとかなんで、舐めてかかるのは辞めたほうがいいです。
富士山っていくつか登り口があるんですが、今回僕らは御殿場口から登りました。理由は二つで、
1.登山者数が少ない
2.帰りに大砂走りがある これは最後まで見てくれれば分かりますw
まあ登山者が少ないのはそれなりに理由があるからで、標準登り行程が8時間(但し結構遅めに計算してるみたいで、僕らは6時間位だった)、高低差2300mと非常に長いこと、ある程度の高さに行かないと山小屋やトイレが無いこと、があります。しかも、砂利道をずーーーっと登りっぱなしなんで、天気が良ければいいですけど、霧に巻かれると飽きますw案の定霧が出ました。
ご来光見たかったので、山小屋泊をしたのですが、小屋は結構良かったですね。やっぱり人が来る小屋なんでそれなりに潤ってるんだと思います。が、繁忙期は二人掛けの布団に四人がギュウギュウ詰めとかなるみたいですが。僕らは意図的に混む時期を外していったので、そういうことはなかったです。
しかし、肝心のご来光は雲にやられて見れず、残念。
個人的な考察としては、富士山は、登る山ではなく下る山である、ですかね。はっきり言って登りはだるいですw薄い空気の中を延々とジグザグに歩いていくだけなので、割とすぐ飽きます。しかし、下りは・・・それは写真を見てご判断頂きたく。わざわざ面倒な御殿場口を選んだのもこれが理由です。ほかの登り口はこうはいきません。
全力で走れるように体力・筋力を鍛えてから行くべきです。とりあえず登る、なんて発想では勿体ないです。
というわけで例のごとく写真。
タイトル通り、先日富士山行ってきました。世界遺産登録されてからいくなんて、なんてミーハーなやろーだ、と思われるかもしれませんが、もっと前から計画はしてたんですよwたまたま重なっただけです。
今回、会社の知人と一緒に行ったのですが、僕も相手も登ったことがないということで、じゃあ行こう!的なノリで登ることになりました。とはいえ、相手は剣岳に上ったことがあるような猛者ですし、自分も4泊5日で縦走登山とかやったことがある、という前提ではありますけどね。やっぱり3000m超える山なんで空気薄いですし、ずーーーーと登りっぱなしとかなんで、舐めてかかるのは辞めたほうがいいです。
富士山っていくつか登り口があるんですが、今回僕らは御殿場口から登りました。理由は二つで、
1.登山者数が少ない
2.帰りに大砂走りがある これは最後まで見てくれれば分かりますw
まあ登山者が少ないのはそれなりに理由があるからで、標準登り行程が8時間(但し結構遅めに計算してるみたいで、僕らは6時間位だった)、高低差2300mと非常に長いこと、ある程度の高さに行かないと山小屋やトイレが無いこと、があります。しかも、砂利道をずーーーっと登りっぱなしなんで、天気が良ければいいですけど、霧に巻かれると飽きますw案の定霧が出ました。
ご来光見たかったので、山小屋泊をしたのですが、小屋は結構良かったですね。やっぱり人が来る小屋なんでそれなりに潤ってるんだと思います。が、繁忙期は二人掛けの布団に四人がギュウギュウ詰めとかなるみたいですが。僕らは意図的に混む時期を外していったので、そういうことはなかったです。
しかし、肝心のご来光は雲にやられて見れず、残念。
個人的な考察としては、富士山は、登る山ではなく下る山である、ですかね。はっきり言って登りはだるいですw薄い空気の中を延々とジグザグに歩いていくだけなので、割とすぐ飽きます。しかし、下りは・・・それは写真を見てご判断頂きたく。わざわざ面倒な御殿場口を選んだのもこれが理由です。ほかの登り口はこうはいきません。
全力で走れるように体力・筋力を鍛えてから行くべきです。とりあえず登る、なんて発想では勿体ないです。
というわけで例のごとく写真。
御殿場口コース7-8合目付近の山小屋からの写真
雲に映る三角形の影は富士山の影です。
山小屋で、夜こっそり抜け出して撮った写真
さすがに赤道儀持っていけないのでこの程度…
富士山でみた星空はこんなもんじゃないです。
マジで感動しますよ。
ちなみに1枚目の明るい所は山火事に見えますが、駐車場ですw
富士山山頂にてご来光待ち
残念ながら雲に邪魔されて太陽は拝めませんでした…
天気自体は超良かったんですけどね。
富士山山頂でヒャッハー!!w
一見ヤバい写真に見えますが、ちゃんと生きてます。
日が昇り切った後の富士山山頂からみた下界
富士山山頂の須走口側
富士山山頂ってこんな感じなんですわw
とても3700mの高さにいるとは・・・
富士山山頂からの下り
御殿場口下りは、山頂から雲の中を一気に突っ切って
突っ走って下るのです!
ものの1,2時間で登山口まで着きますよ。
大砂走りの名の通り、砂利が深いので気を付けて走れば大体大丈夫です。
これ超楽しかった。また行きたい。このためだけに行ってもいい。
今回のお気に入り
山小屋から雲と下界を背景に登ってくる人々
なんかあれね、アプルスのウンチャラみたいなw
でも本当にこういう所を歩くんです。
夜こっそり起きて魚眼で撮った写真
右の大きい白点は月、隣のオレンジの点は照明です。
富士山の雲の上からみた夜の景色が上手く表現できました。
ご来光待ち
多くの登山者が日が上がるのを待っています。
富士山山頂、その中でも最も高い所から撮った火口と雲
空に浮いてる島みたいに撮れたのでお気に入り
下り、大砂走りを8合目から一気に雲のなかへ突っ込んでいきます。
2013年7月16日火曜日
ボルダリングしてきた
どうも、Qです。
腕が痛い。指も痛い。
なんでって、ついさっきボルダリングしたきたから。
異動前に、とある後輩からボルダリング楽しいっすよ、みたいなこと言われてて、ふむふむ、位には以前から思っていた。そして、こっちに来てからの仕事のライン上の上司にあたる人が普段からやってる、というので、お互いノーザンギョーデーだし、いい機会なので付いてってみた。
ボルダリングって何って、壁に凸凹が付いていて、その凸凹に手や足を引っ掛けて壁を登って降りる。基本こんだけ。が、侮るなかれ、基本的には勿論筋力や持久力が必要なのだが、これ、やってみると「制限時間付きの詰め将棋」みたいなのである。
壁にはたくさん凸凹が付いているが、好き勝手に使っていいってわけではなくて、使っていい凸凹は限られているのである。初級者向けは、手は制限ありで足はどこを使ってもOK、上級者向けは、手足両方とも制限される。そして、一旦登り始めると、思うように手足が動かせない、かつ使っていい凸凹が分からない(よく見えない)のである。
これが意味するところは、闇雲に登ると、力技で登らざるをえなくなって無駄に体力を消耗したり、途中で文字通り「詰む」のである。従って、登り始める前に、凸凹の盤面を読む必要がある。ここでjはこんなふうに体をひねって、こうなったらあそこに手をかけて・・・いや待てよ、あの石はこの向きに体重はかけられない、一旦反対側の石に足をおかなければ・・・てな具合である。
まあ実際には、どう見ても慣れの問題があるし、相応の握力も必要だし、あと上り方そのものにもコツがあるっぽい。なるべく腕を伸ばして全身の筋肉を上手く使う、壁面に体を近づけ過ぎないとか。そんなのも含めると、詰め将棋、もっと生々しく表現すると、「筋力パズル」である。
いい運動・筋トレ、そして頭の体操になるので、今後たまに行こうかな、と思う。いや、まあそれはいいのだが、一点だけ要注意。
ボルダリングは明らかに日常生活では使わない筋肉を酷使する。特に、握力に対する影響は甚大だ。何が言いたいかというと、そろそろキーボードのタイピングがキツイ。そして、腕が妙に火照っている。これでは明日は、箸を持つのすら危ういw
初めてのボルダリングを、日曜日~木曜日に行くのはやめておいた方がよい。ほぼ確実に、翌日の仕事や学業に多大な支障が出る。
腕が痛い。指も痛い。
なんでって、ついさっきボルダリングしたきたから。
異動前に、とある後輩からボルダリング楽しいっすよ、みたいなこと言われてて、ふむふむ、位には以前から思っていた。そして、こっちに来てからの仕事のライン上の上司にあたる人が普段からやってる、というので、お互いノーザンギョーデーだし、いい機会なので付いてってみた。
ボルダリングって何って、壁に凸凹が付いていて、その凸凹に手や足を引っ掛けて壁を登って降りる。基本こんだけ。が、侮るなかれ、基本的には勿論筋力や持久力が必要なのだが、これ、やってみると「制限時間付きの詰め将棋」みたいなのである。
壁にはたくさん凸凹が付いているが、好き勝手に使っていいってわけではなくて、使っていい凸凹は限られているのである。初級者向けは、手は制限ありで足はどこを使ってもOK、上級者向けは、手足両方とも制限される。そして、一旦登り始めると、思うように手足が動かせない、かつ使っていい凸凹が分からない(よく見えない)のである。
これが意味するところは、闇雲に登ると、力技で登らざるをえなくなって無駄に体力を消耗したり、途中で文字通り「詰む」のである。従って、登り始める前に、凸凹の盤面を読む必要がある。ここでjはこんなふうに体をひねって、こうなったらあそこに手をかけて・・・いや待てよ、あの石はこの向きに体重はかけられない、一旦反対側の石に足をおかなければ・・・てな具合である。
まあ実際には、どう見ても慣れの問題があるし、相応の握力も必要だし、あと上り方そのものにもコツがあるっぽい。なるべく腕を伸ばして全身の筋肉を上手く使う、壁面に体を近づけ過ぎないとか。そんなのも含めると、詰め将棋、もっと生々しく表現すると、「筋力パズル」である。
いい運動・筋トレ、そして頭の体操になるので、今後たまに行こうかな、と思う。いや、まあそれはいいのだが、一点だけ要注意。
ボルダリングは明らかに日常生活では使わない筋肉を酷使する。特に、握力に対する影響は甚大だ。何が言いたいかというと、そろそろキーボードのタイピングがキツイ。そして、腕が妙に火照っている。これでは明日は、箸を持つのすら危ういw
初めてのボルダリングを、日曜日~木曜日に行くのはやめておいた方がよい。ほぼ確実に、翌日の仕事や学業に多大な支障が出る。
2013年7月14日日曜日
仕事と成長
どうも、Qです。
SCLに寝泊まり中。なんかこう、秘密基地にこっそりいるような感じが良い。どこか童心に帰る何かがある。そういや、会社の先輩から「君、無邪気だよね・・・w」と言われたような気がするが、細かいことは気にしない。童心に普段から帰ってるような気もするが、気にしない。
何かあったわけでもないけど、何となく書きたくなったので、たまには真面目な話。
4月から仕事が大きく変わって、超過密スケジュールになった。もうほんと、テトリスケジュール。一日が予定で埋まっても、予定はビッチョンビッチョンって消えないけどwだから大変。マジで泣きたくなるほど大変。メール書いて速攻で資料よんで、とにもかくにも打ち合わせ打ち合わせ。与える影響が全然前より大きいところにいるので、もちろん神経も使う。
そして、気がついたら一日が終わる、みたいなのが日常になった。もちろん無駄な残業は許されない。前の部署とは大違いだ。 でも意外と生きてる感があったりする。意外となんとかなるもんだと思う。
今の部署に来るとき、すごく心配された。直接の上司、指導者、先輩、同期に後輩・・・リアルの僕を知ってる人なら察しがつくと思うのだが、まあ色々無茶や無謀・失敗を僕は(無自覚に)やらかすので、今の部署みたいな影響範囲が大きくなりやすいところは特に心配されるのだろう。いや、まあ実際失敗がないわけじゃないwむしろ結構やらかしてるww
自分で言うのも変な話だが、異動する前の年には「成長」せざるを得ない、ということがあった。国際会議に行ったり、インターン生の指導をしたり、とある案件が収束したり、色々あったのだけど、これらの強く頭に残ってることは、ある一つのことが共通している。
仲間がいる。
それは、「居る」という意味でもあるし、「要る」という意味でもある。どれだけ同じ方向を向いているだろうか、どれだけ同じ目的をもっているだろうか、どれだけ相手の言うことが信頼できるだろうか、とか色々思うところはある。でもいずれにしろ仲間がいる。
仕事が苦しい、というのはどんな時かな~なんて考えると、時間的に辛い、肉体的に辛い、能力的に辛い、これらはまあ当然生じうることだ。所詮仕事だしね。
でも、僕が過去に苦しいと思っていた理由は、その三つではなかったように思う。
仲間がいない(or仲間であるべきはずの人が仲間だと実感できない)
一緒に戦ってくれる人や協力してくれる人達である。これを泣き言と捉えるかどうかは、聞き手の判断に委ねざるを得ない。自業自得や、運が悪い、なんて意見もあるだろう。でもこれ、重要だと僕は思う。仲間がいなくて済むのは、趣味や妄想である。別に居たって良いけど、いなくても困らない。つまらなきゃ、やめりゃいいだけだ。
仕事はそうはいかない。プライドや信頼みたいな属人的な問題もあるし、生計問題や家族がいれば生きるか死ぬか問題にだって発展する。
つまり、「仕事」という「概念」は、 ヒト一人の手に余る存在なのだと思う。全部自分で頑張ってる、なんてのは、他人の支えに気づいていない愚か者か、本当にそうなら常人ばなれした存在か、あるいは本当は大したことは何もしていない、のだ。
細かいところを見ればもっと色々あるだろうし、僕自身が気づいていないのもあるだろうけど、僕は少なくとも、役に立ちたくても役に立てない僕に色々教えてくれた先輩と、ホンの小さな成功だったけれども諦めかける僕を最後まで根気強く面倒見てくれた上司には、頭が生涯上がらないだろうな、と思う。
異動の前日は夜中の3時まで延々説教されたwいっつも口論になってしまう上、その後まんきつなんかに泊まったもんだから、実は言われたことはあんまりよく覚えていないwが、一つだけ絶対守ろうと思っているのは
「小さなことでも、どんな相手でもいいから、自分が貢献するっていうのを示せ」
ってこと。
あと、多分彼らは当然のようにやってるから気づいていないかもだが、なにかをやれば必ず何かを返してくれる人、そういう人間を信頼するように、人間ってのはできてると思う。
僕なりに思うところは、信頼ってのは
「ファイトー!」「いっぱーつ!」
であるwファイトー!って言えば、必ずいっぱーつ!って帰ってくる。メールなり、電話なり、とにかくなにかやれば、かならず何かを返してくれる。そういう人がいるかいないか、って考えると、仲間がいるかどうかってものすごく大事なことなんだよなと思う。
仕事ってあちこちに崖があるのだ。いや、崖しかないといった方がいい。「ファイトー!」「いっぱーつ!」って言い合える仲間がいるか、その安心感が超重要。
というわけで、 僕も彼らの真似をして、ちょっとでも自分にかかるメールや電話、依頼とかがあれば、小さなことでも気づけばすぐ返すようにしてる。信頼ってのは、「稼ぐ努力」が必要だ。仕事上の小手先の要領なんて、どうせ多少の知ってるか知ってないかだけの差でしかない。そんなの、冷静に考えたら当たり前の話だったりするのかな、なんてね。
当たり前を当たり前にする、って超ムズい。それに気づいてからがまさに仕事だねぇ、なんて思ったりしたのだ。「大したこと」は「小さなこと」の積み重ねである。
・・・まあ但し、頭の片隅には「36計逃げるに如かず」という言葉を入れておくべきとも思うけどね。最後は、言っても仕事は所詮、仕事。「貢献する義務」はあっても「犠牲になる義務」はない。
※ブログに長い文章を書く奴は、大体面倒くさい奴らしいwまあ確かに僕は面倒くさい奴だなwww
SCLに寝泊まり中。なんかこう、秘密基地にこっそりいるような感じが良い。どこか童心に帰る何かがある。そういや、会社の先輩から「君、無邪気だよね・・・w」と言われたような気がするが、細かいことは気にしない。童心に普段から帰ってるような気もするが、気にしない。
何かあったわけでもないけど、何となく書きたくなったので、たまには真面目な話。
4月から仕事が大きく変わって、超過密スケジュールになった。もうほんと、テトリスケジュール。一日が予定で埋まっても、予定はビッチョンビッチョンって消えないけどwだから大変。マジで泣きたくなるほど大変。メール書いて速攻で資料よんで、とにもかくにも打ち合わせ打ち合わせ。与える影響が全然前より大きいところにいるので、もちろん神経も使う。
そして、気がついたら一日が終わる、みたいなのが日常になった。もちろん無駄な残業は許されない。前の部署とは大違いだ。 でも意外と生きてる感があったりする。意外となんとかなるもんだと思う。
今の部署に来るとき、すごく心配された。直接の上司、指導者、先輩、同期に後輩・・・リアルの僕を知ってる人なら察しがつくと思うのだが、まあ色々無茶や無謀・失敗を僕は(無自覚に)やらかすので、今の部署みたいな影響範囲が大きくなりやすいところは特に心配されるのだろう。いや、まあ実際失敗がないわけじゃないwむしろ結構やらかしてるww
自分で言うのも変な話だが、異動する前の年には「成長」せざるを得ない、ということがあった。国際会議に行ったり、インターン生の指導をしたり、とある案件が収束したり、色々あったのだけど、これらの強く頭に残ってることは、ある一つのことが共通している。
仲間がいる。
それは、「居る」という意味でもあるし、「要る」という意味でもある。どれだけ同じ方向を向いているだろうか、どれだけ同じ目的をもっているだろうか、どれだけ相手の言うことが信頼できるだろうか、とか色々思うところはある。でもいずれにしろ仲間がいる。
仕事が苦しい、というのはどんな時かな~なんて考えると、時間的に辛い、肉体的に辛い、能力的に辛い、これらはまあ当然生じうることだ。所詮仕事だしね。
でも、僕が過去に苦しいと思っていた理由は、その三つではなかったように思う。
仲間がいない(or仲間であるべきはずの人が仲間だと実感できない)
一緒に戦ってくれる人や協力してくれる人達である。これを泣き言と捉えるかどうかは、聞き手の判断に委ねざるを得ない。自業自得や、運が悪い、なんて意見もあるだろう。でもこれ、重要だと僕は思う。仲間がいなくて済むのは、趣味や妄想である。別に居たって良いけど、いなくても困らない。つまらなきゃ、やめりゃいいだけだ。
仕事はそうはいかない。プライドや信頼みたいな属人的な問題もあるし、生計問題や家族がいれば生きるか死ぬか問題にだって発展する。
つまり、「仕事」という「概念」は、 ヒト一人の手に余る存在なのだと思う。全部自分で頑張ってる、なんてのは、他人の支えに気づいていない愚か者か、本当にそうなら常人ばなれした存在か、あるいは本当は大したことは何もしていない、のだ。
細かいところを見ればもっと色々あるだろうし、僕自身が気づいていないのもあるだろうけど、僕は少なくとも、役に立ちたくても役に立てない僕に色々教えてくれた先輩と、ホンの小さな成功だったけれども諦めかける僕を最後まで根気強く面倒見てくれた上司には、頭が生涯上がらないだろうな、と思う。
異動の前日は夜中の3時まで延々説教されたwいっつも口論になってしまう上、その後まんきつなんかに泊まったもんだから、実は言われたことはあんまりよく覚えていないwが、一つだけ絶対守ろうと思っているのは
「小さなことでも、どんな相手でもいいから、自分が貢献するっていうのを示せ」
ってこと。
あと、多分彼らは当然のようにやってるから気づいていないかもだが、なにかをやれば必ず何かを返してくれる人、そういう人間を信頼するように、人間ってのはできてると思う。
僕なりに思うところは、信頼ってのは
「ファイトー!」「いっぱーつ!」
であるwファイトー!って言えば、必ずいっぱーつ!って帰ってくる。メールなり、電話なり、とにかくなにかやれば、かならず何かを返してくれる。そういう人がいるかいないか、って考えると、仲間がいるかどうかってものすごく大事なことなんだよなと思う。
仕事ってあちこちに崖があるのだ。いや、崖しかないといった方がいい。「ファイトー!」「いっぱーつ!」って言い合える仲間がいるか、その安心感が超重要。
というわけで、 僕も彼らの真似をして、ちょっとでも自分にかかるメールや電話、依頼とかがあれば、小さなことでも気づけばすぐ返すようにしてる。信頼ってのは、「稼ぐ努力」が必要だ。仕事上の小手先の要領なんて、どうせ多少の知ってるか知ってないかだけの差でしかない。そんなの、冷静に考えたら当たり前の話だったりするのかな、なんてね。
当たり前を当たり前にする、って超ムズい。それに気づいてからがまさに仕事だねぇ、なんて思ったりしたのだ。「大したこと」は「小さなこと」の積み重ねである。
・・・まあ但し、頭の片隅には「36計逃げるに如かず」という言葉を入れておくべきとも思うけどね。最後は、言っても仕事は所詮、仕事。「貢献する義務」はあっても「犠牲になる義務」はない。
※ブログに長い文章を書く奴は、大体面倒くさい奴らしいwまあ確かに僕は面倒くさい奴だなwww
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